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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)313号 決定 1956年9月06日

抗告人 協同組合日本華僑経済合作社

相手方 協同組合華興合作社

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件異議申立はこれを却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

本件抗告の理由は別紙抗告状に記載してあるとおりである。

よつて按ずるに、本件記録によれば、

相手方は呂介民こと謝呂西からその所有にかかる本件建物を買い受け、昭和二十八年十二月十七日その所有権移転登記を了したものであるが、これより先き、抗告人(債権者)は右謝呂西(債務者)に対する約束手形(同人振出、金額百五十万円、支払期日昭和二十八年八月十日)金額百五十万円のうち金五十万円を被保全権利として当時右謝呂西所有の本件建物につき仮差押決定、(東京地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第六四九九号不動産仮差押事件)を得て同年九月四日仮差押登記を経た後、抗告人より右謝呂西に対する東京地方裁判所昭和二十九年(ワ)第七二二九号貸付金請求事件の執行力ある判決正本を債務名義として元金百五十万円及びこれに対する昭和二十九年三月一日から昭和三十年二月二十二日まで年六分の割合による金員の弁済を受けるため同裁判所に強制競売の申立をなし、(同庁昭和三十年(ヌ)第一一四号不動産強制競売事件)同裁判所は昭和三十年二月二十四日競売開始決定をなしたこと、よつて相手方は、「本件建物の所有権移転が債権者たる抗告人に対抗し得ないのは前記仮差押があつたがためであるから、その被保全債権金五十万円の範囲内においてのみ抗告人に対抗し得ないに過ぎない。従つて本件不動産については右限度を超えて前記債務名義の元本全額につきなされた本件競売開始決定は不当である。」との理由で原裁判所に対し執行方法の異議を申し立てたので、原裁判所はこれを容れ、前記競売手続は金五十万円を超える部分についてはこれを許さない旨の決定をなしたものであることが明らかである。

もとより債権者が債務者所有の不動産に対し仮差押をなし、その旨の登記を経たときは、爾後における債務者の右不動産の処分行為は仮差押債権者に対抗することができないから、仮令債務者が第三者にその所有権を移転した後と雖も、債権者はなお債務者の所有とみなして強制執行に移ることができる。而して仮差押は金銭債権につき強制執行を保全するためになされるものであるから、仮差押の基本たる債権が裁判上確定せられ、その判決が執行力を有するに至つたときは、債権者の申立により仮差押をもつて直ちに強制執行上の差押となし、いわゆる仮差押の強制執行移行によりその執行を続行できることは当然の理である。従つて債権者において右債務名義をもつて仮差押にかかる不動産につき強制競売の申立をなしたときは、裁判所はその開始決定をなしその競売手続を進行せしむべきものである。このことは債椎者が債権の一部をもつて仮差押をなし、仮差押にかかる不動産の所有権移転後、債権全額につき債務名義を得て強制執行に移つた場合においても、苟くも仮差押がその不動産の全部につき執行されている以上、又同様であるといわなければならない。従つて本件競売手続につき仮差押債権額を超過する部分をもつて違法となすべき何等の根拠がない。

然らば原決定はこれを取り消し、本件異議申立はこれを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

抗告状

抗告の理由

仮差押の効力は債務者がその執行を受けた財産について一切の任意処分を為し得ない。従つて処分しても仮差押債権者に対抗し得ないものとされていることに付ては、学説上争のないところである。又その対抗し得ないのは処分行為自体を仮差押債権者に対抗し得ないことであつて、その仮差押命令に記載された債権額で対抗し得ないことでないことも争のないところである。従つて債務者が仮差押命令の執行された不動産を譲渡しても、仮差押債権者としては、その譲渡に拘らずその不動産に対して本執行を為し債務名義通りの弁済を得られることも学説の一致するところである。この場合に債権者が弁済を得られるのは、確定された債務名義の金額に付いてであつて、何も仮差押命令に記載された債権額に拘束されないことは右の理の当然の帰結である。勿論仮差押命令の執行を受けた不動産を譲り受ける第三者としては、所謂解放金額を供託して仮差押の取消を為さしめ得るが、若しこの取消なくして右不動産に対して本執行がなされた以上、その本執行の債務名義の金額を制限すべき根拠は我が国現在の法制上全然ないのである。

この点は仮差押命令の執行について仮差押債権額を登記せしめる法制をとる独乙民事訴訟法の場合と異なり、登記事項には単に仮差押を受けた旨を記載せしめる我が国の法規からしても当然と言わねばならぬ。

以上のようであるのに原決定はこの間の事理を誤解し、我が国の法規では許されない制限を附する決定をなしたのは、絶対に抗告人の承服し得ないところであるから、本抗告をなすものである。

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